私たちの暮らしを取り巻く環境は、この数年で驚くほどのスピードで変化しました。毎年のように発生する激しい台風や地震といった自然災害、そしてスマートフォンの普及によるデジタル化。社会が便利になる一方で、将来への備えに対する不安や悩みは、より深く、複雑になっているように感じます。こうした変化の激しい時代において、私たち保険業界には今、大きな変化が求められています。
今回は、私たちが日々どのような想いでみなさまと向き合っているのか、その背景にある「情熱」と、これからの保険選びにおいて最も大切になる「パートナーの選び方」についてお話しさせていただきます。
保険業界が抱える「誠実さ」への課題
まず、私たちが真摯に受け止めなければならない業界の課題があります。それは、多くの保険がお客さまにとって「難しくて、遠い存在」であり続けているという事実です。 ある調査では、保険に入りたいという気持ちを持っている方は多いものの、自分の契約内容をしっかり理解できている方は、わずか1割程度しかいないという驚きの結果が出ています。「手続きが複雑で時間がかかる」、「担当者の説明が専門用語ばかりでよくわからない」、「本当に困ったときに、誰が味方になってくれるのか見えない」。こうしたお客さまの不満や不安こそが、私たちが解決すべき最大の課題です。
「お客様本位」をスローガンで終わらせない
よく耳にする「お客様本位」という言葉。私たちは、この言葉を単なるスローガンとして掲げるだけでは、何の意味もないと考えています。壁に貼られたポスターや、パンフレットに書かれた綺麗な言葉は、実際の行動が伴わなければ、お客さまの安心には繋がらないからです。私たちが大切にしているのは、言葉を飾ることではなく、「正直であること」と「行動すること」を仕組みとして整えることです。
例えば、良いことばかりを伝えるのではなく、お客さまにとって不利になる情報も隠さずオープンにお伝えすること。例えば、病気や事故に見舞われた時。不安でいっぱいのお客さまに対して、「大丈夫ですよ、安心してください」という一言とともに、迅速に手続きを進める。相手の話を遮らず、最後までしっかりとお聞きする「傾聴」の姿勢を持つこと。このような人間味のある対応こそが、デジタルの時代だからこそ、より一層の価値を持つと考えています。また、最近では「事故が起きた後に助ける」だけではなく、「事故そのものを未然に防ぐ」サポートにも力を入れています。最新の技術を活用してお客さまと一緒にリスクを減らしていく。こうした、お客さまの毎日がずっと輝き続けるための「一歩踏み込んだお節介」も、私たちの情熱の一つです。
また、難しい専門用語は使わず、図や例え話を用いて、みなさまが「これなら安心だ」と心から納得できるまで何度でもお話すること。こうした当たり前のことを、情熱を持って徹底し続けることこそが、本当の「お客様本位」であると信じています。
私たちが考える「親切」の正体
では、私たちが日々心がけている「親切」とは具体的にどのようなことでしょうか。それは、マニュアル通りの丁寧な対応をすることではありません。お客さまが言葉にできない「潜在的な不安」を察し、先回りして動くこと。それが私たちの定義する「親切」です。お客さまの家族構成や将来の夢、大切にしている価値観を深く理解し、困ったときに真っ先に駆けつけてくれる「信頼できるパートナー」を見つけること。そのパートナーこそが、お客さまの人生の「安心」を本物にしてくれます。
私たちは、みなさまにとってそんな「顔の見える、一生涯の味方」であり続けたいと願っています。スローガンを叫ぶのではなく、日々の行動でお客さまの役に立つ。どんなに小さな不安でも、どうぞお気軽にお聞かせください。みなさまと歩む未来が、より輝かしく、安心に満ちたものとなるよう、私たちは情熱と親切心を持って、今日もみなさまの側にあり続けます。
みなさまがこの稿を読んでいる時には第51回衆議院議員選挙の結果が出ていますね。女性初の高市総理大臣は誕生して僅か3か月で衆議院を解散しました。「国民の審判を受けていない、本当に私でいいのか?国民に直接決めていただきたい」と明言し政治基盤の盤石化を狙って選挙に突入しました。真冬の選挙、特に今年は記録的な豪雪の中で行われる選挙。結果はどうなるのでしょう?税金、社会保険料、移民問題等、生活に直結した課題が取りざたされています。各党の政策を見ても、その実現根拠は希薄です。日本の地政学的リスクは更に高まり、防衛力強化も避けては通れないでしょう。そもそも日本には国力となる資源が無いのです。今月に入り、南鳥島沖で深水約6000mの海底からレアアース泥を連続的に引き揚げる試験に成功したというニュースが飛び込んできました。興奮です。埋蔵量はなんと1600万トン、世界の年間消費量の数百年分のレアアースが眠っているようです。日本が悲願の資源大国になれる。選挙の争点となる様々な問題も解消されるでしょう。国費をフル投入しても実用化を果して欲しいものです。
新年早々にやってしまいました~昨年3月以来の自損事故です。私は18歳で免許証を取得してからは、ほぼ毎日車を運転していますと言っても過言ではありません。なので運転にはある程度の自信があるのですが歳のせいなのか今の新車になってから2度目の事故です。注意力が散漫になったのかと反省しきりです。当然私の車両保険は自損事故は対象外。全額を自腹で払わなければなりません。前回の事故は急な坂道を汗だくで疾走し、肩で息をしながらの状況で出っ張った岩に左折巻き込み。今回は極寒の中1時間、事故現場での鑑定人立会い調査の完了後、急いで車庫から左折で出ようとしてフェンス巻き込み。どちらも通常の状況であれば防げた事故かもしれません。特に今回はお客様のご自宅の駐車場にバックで進入して停車後、左側がフェンスギリギリなので出庫するときは右折で出なければ接触するぞ。と自分に言い聞かせたはずだった。激しく凹んでいる訳でありませんが目立たなくもない。早く修理したいが工場は混んでいるとか。一日でも早く綺麗にしたいと思うオーナーでした。
仕事の時に履いている靴を修理に出そうと箱詰めしている時、まったく開けない箱が見えたので中身を確認すると、処分していたと思っていた、20年以上前に購入したレッドウイング。当時から硬かった革も、今ではすっかり乾燥しさらに固くなっているような気がしました。手に取ればあの頃の記憶が蘇りました。当時この仕事を始めたばかりで、収入も多くなく悩みに悩んで購入した靴です。固く重く機能性など無視した靴ですが、折角なのでブラッシングと保革そしてオイルアップをするとカサカサだった革の表面もしっとりしてきて後は歩いて馴染ませるところまで復活しました。履いて驚いたのは、足の形を覚えていたような足馴染みの良さでした。15年以上履いていない筈の靴が蘇り、当時より更に重く感じますが、メンテナンスさえすればまだまだ履けるので、お蔵入りさせることなく秋口から春先まで愛着をもってレッドウイングで出かける事を楽しみたいです。
「趣味はギターです」と言うと、決まって「何か一曲弾いてよ」と爽やかなリクエストを頂きます。しかし、私が夜な夜な励んでいるのは曲の演奏ではなく、指をクモのように動かす「スケール(音階)練習」という名の修行です。メトロノームに合わせ無心で弦を弾く姿は、家族から見れば「壊れたレコード」か「不吉な呪文」。ですが、これこそが究極のビジネススキルに直結しているのです(と言い張っています)。例えば、指の移動をミリ単位で削る作業は、製造現場の「カイゼン」。あらゆるキーに即座に対応する準備は不測の事態への「リスクマネジメント」。そして一曲も弾かずに基礎を固める忍耐力は収益化を急がない「先行投資」そのもの。「いつまでバックオフィス(基礎)ばかりやっているんだ、早く現場(演奏)に出ろ」という心の声は、アンプの音でかき消しています。皆様の前で華麗にソロを披露できる「上場」の日は、まだ遠そうです。
最近ユーチューブで日本にいる外国人の方々の物をよく見ます。自分の出身国はこうですああです、日本に来て驚いたことなど内容は盛りだくさん。へー、そう考えるんだなど興味をそそられてついつい見てしまいます。思えば昔のテレビでも海外旅行記モノはたくさん有り、それらは日本人が海外に出向きその国を紹介していたものであくまでも日本人視点。そう考えるとグローバリズムというのは視点を変えてみることなのかなと思います。今放送されているNHKの朝の連続ドラマもヘブン先生ですが、外国の方の発想や行動が面白い。私も電車や町中で外国の方が十数年前とは比較にならないほど多いと感じております。文化的背景や価値観の違う人たちを理解しようなどと考えるとそのギャップに戸惑ってしまいがちですが、まずはへー、そうなんだなと思うこと、視点を変えてみるともっと興味を高めていけるのではないかと思う今日このごろです。
日本は冬一色ですが、南半球は今が夏となります。夏というと暑いことを思い出されますが、南極は氷の世界です。真っ白な氷の世界を切り開き、日本の南極観測を支え続けているのが、砕氷艦「しらせ」です。この船の最大の特徴は、厚い氷を砕いて進む力強さです。氷の厚さが一・五メートルを超えると、船体を一度後退させ、全速力で氷に乗り上げて自重で砕く「ラミング」という航法を行います。その衝撃と音は凄まじく、まさに南極の厳しい自然に挑む象徴と言えます。船の名前は、日本人で初めて南極探検に挑んだ白瀬矗中尉に由来していまして、白瀬中尉が木造船で目指した情熱は、百余年の時を経て、現在のハイテク艦へと引き継がれています。「しらせ」の任務は、物資の輸送だけではなく、船内では海洋観測も行われています。過酷な環境下で、科学の未来を運ぶ「しらせ」。その力強い航跡は、地球の未来を考える一つの道標になって欲しいと思う限りです。
今年は例年にも増して大規模なスポーツイベントが目白押しで、スポーツファンにとって期待に胸膨らむ一年となりそうです。まず2月には世界最高の雪と氷の祭典、冬季オリンピックが開催されます。各国を代表するアスリートたちが極限の技と精神力でメダルを目指す姿は、感動と興奮を与えてくれるに違いありません。続いて3月には野球の世界一決定戦、WBCが控えています。侍ジャパンが世界の強豪を相手にどんな戦いを見せてくれるのか、今から期待に胸が膨らみます。普段は見られないプロ野球選手の国境を越えた共闘も見どころです。そして6月には、地球上で最も熱いスポーツイベントの一つ、サッカーワールドカップが開幕。四年に一度の祭典では、世界中のトップチームが一堂に会し、技術と戦略の粋を尽くした戦いを繰り広げます。日本代表の活躍はもちろん、世界のスタープレイヤーたちの妙技にも注目したいところです。
先日は高校サッカー選手権の準決勝を観に、国立競技場まで行って来ました。お目当ての試合は鹿島学園対流通経済大柏です。昨シーズンのサッカー界は茨城旋風が吹き荒れており、鹿島学園も怒涛の勢いで準決勝に進出です。これは現地で応援せねばと思い、鹿島学園サイドの座席を購入しました。2階席で観戦したのですが、とにもかくにも寒かったです。あまりの寒さに、ホットドリンクも一気に冷える感じでしたね。同じ鹿島ということもあってか、鹿島学園の応援は鹿島アントラーズと同じものが多かったです。試合は両チームに得点が生まれず、このままPK戦かと思った矢先に、鹿島学園の選手がゴール前の混戦から値千金のシュートを決めました。シュートが決まった瞬間は座席から立ち上がり、絶叫してしまいました。現地観戦が出来て本当に良かったと思いました。
昨年末大晦日の明け方、酷い腹痛で目が覚め、嘔吐と下痢で1時間位トイレに籠っていました。以前経験した食中毒の症状でした。前日、中学時代の仲間と友人のお寿司屋さんで忘年会をした時に、刺身やお寿司を食べました。あれだ。でも、友人のお店の刺身にあたったなんて口が裂けても言えないな、と思いながら、とりあえず一旦寝ました。その時の私の心配事は、今日買い物に行ったり、おせち作れるかな?でした。翌日のお正月、息子と娘が帰省でうちに来るので、お正月料理を作ってみんなで食べる予定でした。駅前の和菓子屋さんでお餅を予約しているし、子供達の好きな手巻き寿司もするつもりでいました。昼頃起き少し体の様子を見ると、買い物に行けそうだ。そして、あたって酷い思いをしたのに刺身を買って帰り、その後おせちを作り、正月子供達を迎え、手巻き寿司も食べられました。晦日は水しか飲んでいないことが良かったのか、病は気からなのかわかりません。
立春を迎えたというのに今年は夜が長く感じられます。先日我が家で起きた恐怖事案なのですが、夜11時前に急にインターホンが鳴ったのです。こんな夜遅くに訪問する人なんて居る筈も無く、最近のニュースでの物騒な事件を想像して震え上がりました。我が家は現在息子達が家を出ているので娘二人と私の女ばかりの家族です。下の娘が恐る恐るドアスコープから覗いてみると誰もいません。窓のカーテンの隙間から覗いて見ても誰かが出た気配もありませんでした。ドアの下に人が隠れているかもしれないと娘が思い切り蹴ったドアの音に更に驚き、洗面所の棚から落ちたドライヤーの音に思わず「ギャーッ」と叫び声を上げて女三人ビクビクしながらネットで「夜のインターホン、誰もいない」などと検索をして、居間から動く事が出来ないでいた結末はなんと...インターホンの故障だったのです。冬は結露による故障が多いそうです。笑い話で済んで良かったと思いますが、10年は寿命が縮みました。
可愛い猫達に囲まれて幸せ、料理が得意な夫のおかげで家事も他のご家庭よりは楽をしている私なのに、ここ最近気分がもやもや。これは単に運気が落ちているからではなく、国際法よりも自国利益を優先、貿易面で強硬な関税政策をとる米国トランプ政権の極端な「アメリカファースト」、ベネズエラでの軍事作戦や地政学的な緊迫感も高まり、日本が米国に言われるまま軍拡を進めていくかもしれないという不安からの感情。一昨年には日本被団協がノーベル平和賞を受賞したのにも関わらず、日本も核兵器を持つべきだと高市政権の安保担当が述べる等、唯一の被爆国日本こそが核軍縮と平和の尊さを訴えていくべきなのに。。昨年の長崎平和祈念式典で市長が読み上げた平和宣言文を読み返して欲しい。そして「宇宙からは国境線は見えなかった」という宇宙飛行士毛利衛さんの名言どおり、地球は一つであり、宇宙視点で環境や地球上に生きている全ての生命の大切さを人類は再認識する時なのではないかと思います。
保険について考えるとき、多くの方が真っ先に思い浮かべるのは「入院した時の治療費」や「万が一、命を落とした時の家族の生活費」ではないでしょうか。
これらはもちろん重要です。しかし、医療技術が飛躍的に進歩した現代において、私たちはもう一つの切実なリスク、すなわち「命は助かったが、重い障害が残ってしまった場合」の生活について、もっと真剣に目を向ける必要があります。
私たちの元には、予期せぬ事故や病気によって、人生のシナリオが大きく変わってしまった方からのご相談が寄せられます。今回は、その中でも特に考えさせられた、あるお客様の事例をご紹介します。
仕事も趣味のアウトドアも全力で楽しむ、活動的な方でした。しかし、休日のドライブ中に不慮の交通事故に遭い、脊髄を損傷。一命は取り留めたものの、下半身に重い麻痺が残り、車いすでの生活を余儀なくされました。数ヶ月に及ぶ入院生活を経て、ようやく退院の日を迎えた。しかし、自宅に戻って直面したのは、想像を絶する「生活の壁」でした。 まず、それまで住んでいた家は段差が多く、車いすではトイレに行くことすらままなりません。玄関のスロープ設置、廊下の拡張、水回りの全面改修......。
これらバリアフリー化のためのリフォーム費用は数百万円に及びました。 さらに深刻だったのは、仕事の問題です。以前と同じように働くことは難しく、配置転換による収入の大幅な減少は避けられませんでした。
この危機的状況において、生活再建の大きな支えとなったのが「後遺障害保険金」でした。これは、治療が終わった後も身体に残ってしまった障害の程度に応じて受け取れる、まとまった一時金です。この資金をもとに自宅の改修を行い、安全に暮らせる環境を整えることや当面の生活費、新しい仕事のためのスキル習得費用としても活用することができます。単なる経済的な補填ではないことで、突然奪われた「当たり前の日常」を、形を変えて取り戻すための「再出発の資金」であり、これからの人生を前向きに生きていくためのきっかけになることでしょう。
医療保険が「マイナスをゼロに戻す(治療する)」ための備えだとすれば、後遺障害への備えは「ゼロからプラスへ、新しい人生を築く」ための備えと言えるかもしれません。 人生100年時代、長く生きるからこそ、「どんな状態で生きるか」という視点が不可欠です。
「もしも以前と同じ生活ができなくなったら、今の備えでどこまで自分らしい生活を守れるだろうか」。このコラムが、そんな問いをご自身の心に投げかけ、備えの形を今一度確認してみる小さなきっかけとなれば幸いです。